久保木博之さんへのラブレター #06

年を重ねるうち、さすがの私もどっぷりハマった小学生の頃のように、ラッツ&スターの曲ばかりを聴きつづけるということはなくなった。

ひと通り聴き尽くした感はあったし、ときどき思い出したようにCDを引っ張り出しては、聴きたくなった曲を聴くという感じ。

そして、いつからか私は、好きな芸能人とかミュージシャンを聞かれると「サザン」と答えるようになっていた。

嘘ではない。実際、サザンも好きだった。
なんなら、ツイストもゴダイゴもチューリップも好きだった。

そのなかで、もっとも「好き」と公言しやすかったのが、現役で活動しているサザンだったというだけのこと。

(ちょっと新しいところでは、米米クラブにハマッた時期もある)

表面的には「サザンが好きなの」という顔をしていたけれど、親しくなった相手には「本当はラッツ&スターがいちばん好きなの」と打ち明けたりもしていた。

とにかく、ラッツ&スターは別格なのだ。いうなれば、殿堂入り。
好きとか嫌いとかいう範疇を超えて、私にとってラッツ&スターは揺らぐことのない存在だ。


そして、あのコンサートから8年の月日が流れ、私は再びあこがれのUMA(未確認生物)に再会することになる。

その報せが届いたのは、私がすでに高校を卒業し、県外でひとり暮らしをしていた頃だった。

小学生の頃、母からシャネルズのレコードを奪い、母と一緒にラッツ&スターのコンサートを見に行った私は、自分でアルバイトをして、シャネルズやラッツ&スターのCDを買い揃えることができる年齢になっていた。

そんな頃、届いた朗報。


そう。1996年、ラッツ&スター再集結の報せだ。
ラッツのファンにとっては生涯忘れられないであろう、記憶に残る年である。


再集結を知ったとき、私は泣いてしまったかもしれない。あまり覚えてないけど。多分、泣いただろうな。それとも、また発狂したのかな。

再集結したラッツ&スターがテレビに出るときには、私はテレビの真ん前にひとり正座をし、ブラウン管にかじりつくようにして彼らの姿を見守った。

これは夢ではないか。
まさか、こんなふうにブラウン管の向こうで動き、喋り、歌う、ラッツ&スターを見られるなんて。

もちろん、一度はコンサート会場で動くラッツ&スターを見ているわけだが、替え玉が混ざっていてもわからないような遠目で見るのとテレビのアップで見るのとは、また違った感慨深さがあるものだ。

きっとあの時、日本中のあらゆる世代の人たちが、いろいろな思いを胸にラッツ&スターを見ていたに違いない。

デビュー前からシャネルズのファンだった人。
全盛期をリアルタイムで見ていた人。
タレントのマーシー・クワマンしか知らない世代。


では、私は何を見ていたのか。それだけはハッキリ覚えている。久保木さんと佐藤さんだ。

久保木博之さんへのラブレター #05

そんな感じで、ファンとはいっても、私はラッツ&スターのことを何も知らなかった。

知っていたことといえば「この人だけ、いつも大きな蝶ネクタイしてるのよ」という、母から聞かされた久保木さんの情報だけ。
その大きな蝶ネクタイも、懐メロ番組のワンカットで目視確認したが、おじさんがデカい蝶ネクタイをつけている姿が「なんか可愛いな」と思ったのを覚えている。

おじさんなんて言って、ごめんなさい。
当時のラッツ&スターのメンバーはみんな20代の青年だったけど、スーツ着てひげ生やした男の人は、小学生の私にはやっぱりおじさんにしか見えなかった。


だけど、それでもよかった。
おじさんでも全然気にならないほど、私はシャネルズの曲が好きで、何年間もずっと、文字どおり飽きるまでシャネルズを聴きつづけた。

それなのに、リアルな彼らの姿は一度も見たことがない。
私にとってのラッツ&スターは、もはやスターを通り越して、UMA(未確認動物)のような存在だったのだ。


そんなある日のこと。
自宅のリビングでテレビに背を向け座っていると、背後から突如として流れ出す、

「ダイナマーイ!」

というハスキーな声と、聴き慣れたメロディーライン。

首がもげそうな勢いでテレビを振り返り、瞬時にして状況を飲み込んだ私は、次の瞬間、

「お母さんっ!!ラッツが来るっ!!」

と、半ば発狂しながら、台所にいる母に向かって野鳥のような叫び声をあげていた。


確かに、私にとって「ラッツ&スターが解散していない」という事実は、ひとつの希望であった。
解散していないのだから、いつかまたラッツ&スターを見られる日がくるかもしれない。
また、活動を再開する日がくるかもしれない。

そんな、かすかな希望をつねに抱いていた。

しかし、その希望がまさか、

「ラッツ&スターが、私の住む町でコンサートをやる」

という、こんなにも都合のよすぎる形で実現することになろうとは。

なにせ、人口10万人にも満たない田舎町である。
これは夢ではないかと、何度も思った。

コンサートに関する細かな描写は、ここでは割愛する。
しかし、「あこがれ続けたネッシーが琵琶湖を泳いでいるのを目撃した気分」と言えば、その感動と興奮は容易に想像してもらえるであろう。

母が持っていたのはシャネルズ時代のレコードだけだったので、“め組のひと”などラッツ&スターになってからの曲は、そのコンサートで初めてちゃんと聴いたのではなかったか。

コンサート序盤から中盤にかけては、ただただ興奮が止まなかったが、終わりが近くなり“Tシャツに口紅”のイントロが流れる頃には、今度は涙が止まらなくなっていた。

ラッツ&スターが帰ってしまう……。

子どもながらに感じた、あのときの切ない気持ち。今も忘れない。

あこがれ続けた人たちとの出会いと別れに小さな胸を震わせた、ほんのひとときの出来事であった。

久保木博之さんへのラブレター #04

私がシャネルズのレコードを聴いていた頃にはもう、ラッツ&スターはテレビに出ていなかったと思う。
もう活動休止に入っていたのかな。

私の記憶のなかでは、田代さんと桑野さんはすでにバラエティの人だったし、私の世代だと「田代まさしと桑野信義がラッツ&スターのメンバーであることは知っている」ものの、「実際にミュージシャンとして活動している姿は見たことがない」という人が大半なのではないかと思う。

リーダーの鈴木さんは、その頃すでにソロで歌っていたはずだが、私がそのことを知ったのは、もっとずっとあとのこと。
新しい曲よりも懐メロの好きな子どもだったので、あまり歌番組を見ていなかったのかもしれないし、鈴木さんのソロは小学生の女子には渋すぎたというのもあるだろう。

だから、私にとっては「鈴木雅之がラッツ&スターというグループで歌っていた」ことはごく当たり前のことで、むしろ「ラッツ&スターのリーダーの鈴木さんがソロで歌っている」ことの方が衝撃だった。


そのようにして、私はラッツ&スターが実際に歌っている姿を一度も見ることがないまま、ラッツ&スターを聴きつづけた。

レコードのジャケット写真でかろうじてメンバーの顔は知っていたが、田代さんと桑野さん以外、誰がどの声を出しているのかも知らなかった私は、無言でジャケット写真を眺めながら、

(メインボーカルはこの人かな)
(低音はきっとこの人)
(こんな高音、誰が出してるんだろ)

と、ひとりで勝手な予想を繰り広げて遊んでいた。
それくらい、ラッツ&スターは当時すでに過去の人たちだったのだ。

母から「すごい人気だったのよ」と聞かされても、今ひとつピンとこない。
いかにも女の子うけしそうなチェッカーズが「すごい人気だった」というのは、なんとなくわかる気がするのだが……。

ちなみに当時の私の予想では、久保木さんがメインボーカルで、鈴木さんがボンボンボンのベースボーカル。見事に外れ。
いちばんわからなかったのは、やっぱり久保木さんの高音。誰ひとり、あんな声を出せる顔には見えなかった。

インターネットもない時代。どのように、その答えを知ったのだろう。

もしかすると、あれかな。
昔は、年代別のヒット曲をちょっとずつ映像で流してくれる懐メロ番組が、ときどきあったのだ。
ラッツ&スターはだいたい、シャネルズ時代の“ランナウェイ”か“街角トワイライト”だったけど、あれで答え合わせをしたのかな。

ほんのワンフレーズではあったけれど、振り付きで歌うシャネルズを見ることのできる貴重な番組だった。

久保木博之さんへのラブレター #03

外見については、久保木さんが一般的な『イケメン』の枠から外れていることは、さすがに認めざるを得ないだろう。

世の女性はとかく、高身長が好き。
そして、目鼻立ちのハッキリとした人が好き。
それが、世に言う『イケメン』。昔の言い方をすると『ハンサム』の条件なのだ。
要は、ベースボーカルの佐藤さんみたいな人ね。


しかし、それがなんだというのだ。
世間一般の好みがどうであれ、私は久保木さんのあの顔が好きでたまらない。

「すん」とすましかえった無表情も。
目尻・眉尻を下げて、子どものように笑う顔も。

「目は口ほどにものを言う」とはよくいったもので、YouTubeの映像や古い写真の中、コロコロと変わる久保木さんの表情から、私はもう目を離せない。

とくに、笑顔が素敵。
やっぱり、久保木さんといえば笑顔だもんね。

笑顔の素敵な人って、本当に男女を問わず人を沼らせる。


そんなふうに、いい年して「恋に落ちた」などとほざいている私だが、実は小学生の頃からのラッツ・ファンだったりする。
のめり込むと、結構しつこく想い続けるタイプなのだ。


いつからだろう。
気が付けば、私の隣ではいつもシャネルズの曲が流れていた。

よくある話だが、もともと私の母がシャネルズを好きで、物心ついた頃から家の中でも移動中の車の中でも、いつもシャネルズの曲がかかっていた。
シャネルズの曲に合わせてツイストを踊る母の姿も、うっすら記憶に残っている。

小学校の4年生か5年生くらいになると、私は母が持っていたレコードを勝手に引っ張り出し、自分でシャネルズの曲をかけて聴くようになっていた。

6年生のときだったかな。
シャネルズのレコードジャケットを部屋に飾っておいたら、それを目にした兄の友人が「お前の妹、趣味悪いな」と言っていたと聞かされたことがある。
もちろん、私はそんなことでは動じない。

「ラッツのよさは、子どもにはわからないから」

なんとでも言えばいいと、心のなかで思っていた(私も子どもだったけど)。


とはいえ、時代は光GENJIの絶頂期。
同級生の女の子たちが「かーくん」だの「赤坂くん」だの騒いでいたときに、私はひとりシャネルズのレコードを聴いていたわけだ。

それをことさら隠しもしなかったので、親しい友人はみんな私がラッツ&スターのファンであることを知っていたが、さすがに同年代の女の子たちとは話が合わなかったなぁ。

かなり異質な小学生であったのは、間違いない。

久保木博之さんへのラブレター #02

ラッツ&スターというのは本当に素晴らしいグループで、一見キワモノのようでもあるし、コミックバンドのようでもあるが、実はメンバーの1人ひとりが才能豊か、個性豊かな粒揃いだ。

田代さんはダンスの振り付けから作詞や絵、MCまでこなす天才肌。
甘いルックスと渋い低音で女性ファンを魅了した、ベースボーカルの佐藤さん。
桑野さんと新保さんは楽器を演奏するだけでなく、歌の上手さでも群を抜いている。
リーダー鈴木さんの圧倒的な歌唱力については、もはや語る必要もない。

そんななか、久保木さんはちょっと冴えないというか、もうひとつ抜けきらない印象があったかもしれない。
久保木さんの高音。
あの高音があるからこそ、より鈴木さんの歌が引き立つのに。低音ほどのインパクトがないからなぁ。

どうやら、ほかの3人や桑野さんに比べると、トークもあまり得意ではないようだし。


そして、久保木さん。声はいいんだけど、歌は多分そんなに上手くない。だからかな、ソロが少ないの。

歌の上手さでいえば、田代さんや佐藤さんもさほど上手くはないんだけど、ふたりともわかりやすいポジションを確立しているからな。

だけど、貴重な久保木さんのソロをひと通り聴いてもらえばわかるように、実は久保木さんっていろんな声を持つエンターテイナーなのだ。
ただ、シリアスな役回りには向かないので、使いどころが難しいというのはあるかもしれない。

個人的には、あのやんちゃくさい顔で“恋は命がけ”のような可愛い声を発しているというのは、萌え要素しかないんだけど。


一方、ダンスに関しては、久保木さんは結構うまいと思う。

「ダンスといえばマーシー」と思っている人も多いだろうが、田代さんがテクニックで踊る人なら、久保木さんは体幹で踊る人(だと、私は思っている)。

久保木さんのダンスには、軸のぶれない安定感がある。
立ち姿や決めポーズも決まっているし、手指や足先の動きなど、要所要所のディテールの美しさはメンバーの誰にも引けをとらない。

田代さんが「魅せ方」の上手い人だとすると、久保木さんは「体の使い方」が上手い人。
『WHISKY A GO GO』のライブ映像で、“SPEEDO’S BACK IN TOWN”の最後のジャンプを見たときにも思ったけど、身体能力の高い人なのだと思う。

あとから知ったところによると、中学・高校時代はかなり真剣に剣道をやっていたらしい。
なるほど、久保木さんのダンスのルーツは剣道か。
武道は型が命だもんね。体幹も鍛えられるし。


そんなことを思いながら、私は今日も、久保木さんのすっと伸びた背筋と肩のラインに言いようのない色気を感じながら、YouTubeの映像を前にひとり悶絶するのだ。

久保木博之さんへのラブレター #01

数年前から、ちょっと気になる人がいた。
しばらくの間一緒に仕事をしていただけの、よほどの縁がなければ今後会うこともないであろう人。
実際、会うことがなくなってもう3年近くなる。

それなのに、なぜかいまだにしょっちゅう思い出す。
あの人のなにがそんなに気になるのか、自分でもわからないけど。


そして、ある日。ふと思った。

「あの人って、久保木さんにちょっと似てない?」

久保木さん。
わかる人にはわかるだろう。

元シャネルズ。ラッツ&スターのフロントマン。
どこかコミカルで、笑顔が最高に素敵なトップテナーボーカルの久保木博之さんだ。

記憶の中のあの人が、記憶の中の久保木さんと重なる。

気になり出したら、もう止まらない。
とりあえず、本当に似ているのかどうかだけ確認しようと、私はなんとなくYouTubeを開いて、なんとなく【ラッツ&スター】と検索してみた。


そして、なんとなくYouTubeを開いた、あの日から。

私の毎日は、もう久保木さん一色だ。

あの人が久保木さんに似ているかどうかなんて、すぐにどうでもよくなった。
一瞬にして恋に落ちるって、こういう感じなのかな。


その日から今日に至るまで、私は暇さえあればYouTubeを開き、シャネルズやラッツ&スターの動画を漁りまくっている。
そして、若かりし日の久保木さんが歌い踊る姿を、エンドレスにリピートし続ける。

何がどうハマったのかはわからないけれど、とにかく動画で見る久保木さんのすべてが、私の心を奪ってゆく。


まるで、中毒患者のようだ。
頭の中が四六時中、久保木さんに支配されている。
アドレナリンが過剰分泌されているせいか、夜もなかなか寝つけない。


少し冷静にならなければと、パソコンを開く。

おそらく、今の私に必要なのは「久保木さん、好き!」と叫ぶための壺なのだ(「王様の耳はロバの耳」より)。
この気持ちをどこかで発散しなければ、おかしくなってしまいそうだ。

そんなことを思いながら、キーボードを叩き始める。